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”スポーツ×データ”が新たな市場を切り開く。日本スポーツアナリスト協会の挑戦(前編)

文:新川 諒 構成:SPOZIUM編集部

JSAA(日本スポーツアナリスト協会)が設立されてから約1年半。 発展し続けるスポーツ界を取り巻く環境にこれまで馴染みのなかった情報、データ、テクノロジーの高度化により「スポーツアナリティクス」という新たなマーケットが創出され、「分析」をすることで勝敗を分ける新たな「スポーツアナリスト」と呼ばれる人たちが現れました。今回はその日本スポーツアナリスト協会の役員であるお二人、渡辺啓太さん、小倉大地雄さんにお話を伺いました。

Q1. まずは渡辺さんのキャリアについて聞かせてください。

中学からバレーボールをやってたんですが、高校時代に見に行った世界大会のベンチにパソコンを持ち込んでいたスタッフの姿が目にとまり、対戦相手の分析などを行っていることに衝撃を受けたのが始まりでした。それをきっかけにバレー版のスコアブックを自作し、自分が出てる試合も後輩たちに記録を付けてもらうようになりました。自分が少しずつデータに興味を持ち始めた時と同時期にデータバレーが世界のスタンダードになってきていることを知りました。

渡辺

大学に入ってからは自分の好きなスポーツとデータを掛け合わせて、情報技術でスポーツに関っていける手段を模索していきました。アナリストとしての道筋を作っていくために、まずバレー部への入団を試みたんですが、そこはスポーツ推薦でやってきた選手たちの集まりでした。2年生になって、やっとサブマネージャー兼アナリストという立場で自分のやりたいことも少しずつ出来るようになりました。

そんな時、シドニー五輪出場を逃したバレーボール協会が2004年アテネ五輪に向けての大改革を進めていました。当時の柳本監督は世界のデータバレーに追いつくために若い力に目を向けていて、大学生でベンチにパソコンを持ち込んでいた異質な様子の私に声をかけてもらい、大学3年から全日本で活動をさせて頂くようになりました。

アテネ五輪に向けて結成された隠れデータアナリスト集団の一員として他の大学生と共に、全日本チームのために裏で様々なデータ分析をやりました。五輪終了後も柳本監督の続投が決まって、引き続き大学4年生でもチーフアナリストとしてバレーボールに携わる日々を送ることになりました。進路も考えなくてはいけない時期にさしかかり、「スポーツで飯を食うのは難しい」と言われる中、柳本監督を始め周囲から「北京五輪でメダルを取るには必要な存在」と熱心にお誘いいただいて、ナショナルチーム初の専属アナリストとして歩み出すことになりました。いずれ監督は真鍋監督に変わりますが、データアナリストの存在に価値を置いていただき、今も日本代表に関わり続けています。

Q2.では次に小倉さんのキャリアについて教えていただけでしょうか。

私は大学まで水泳をやっていて、大学1年のときにインカレに出場できず勧誘の役割を任されることとなったんです。でもその勧誘の活動をきっかけに選手の情報分析やスカウティング作業をまとめることにやりがいを感じ、将来この経験をキャリアに活かせないだろうか?と思うようになりました。そう考えたときに頭に浮かんだのがスポーツエージェントという職業でした。学業の方では英語英文科で海外留学への想いもあり、スポーツの世界で仕事をしていくためにもまずは英語力をつけようと思いました。

大学生活は水泳部での活動を全うしたいという気持ちがあって留学という目標は大学院で果たすことになりました。水泳の世界ではたとえ金メダルをとっても必ずしも職業としては確立していませんでしたし、水泳のバックグラウンドを持つ身としてはプロリーグなどのマーケットがないスポーツやアスリートの価値を生み出すための勉強をしたいと思いました。

小倉

2005年に渡米し、将来のキャリアに繋がる勉強をしていき、2007年インターンを探す時期になりました。試行錯誤の上、フロリダでアスリートエージェント業を営む個人事務所でマーケティングアシスタントをすることになりました。そこでは主に個人競技のアスリートがクライアントだったので、既存のマーケットの中で年俸交渉をするという業務ではなく、ストーリーを描き0から1を生み出す業務でした。ここで、必ずしも勝利に依存しないアスリートの価値を産み出すという貴重な経験を得ることができました。

そして1年後の2008年に帰国することとなり、また0からの職探し。既にある市場よりも新たな価値を産み出す仕事に魅力を感じていました。そんな当時、大学水泳部の先輩でもあり北島康介選手のコーチを務めていた平井伯昌さんと連絡を取った際、ちょうど文科省のマルチサポート事業がスタートし、競泳日本代表でチームマネジメントに携わる人材を求めているという話になり、ご縁を頂くこととなりました。ロンドン五輪までは総務として携わり、終了後からは広報・マーケティング担当となり、日本水泳連盟で仕事をさせていただいてます。

Q3. そんなお二人も役員として活動されているJSAA設立のきっかけを教えてください。

(渡辺)マルチサポート事業の分析スタッフとしてフェンシングのサポートに従事する千葉洋平さんが、バレーボールで活用しているデータをどうフェンシングに活かせるかというのを聞きに来てくれたのがきっかけでした。ロンドン五輪では銀メダルという実績を残した千葉さんと議論しているうちに今後のアナリストという職業の危うさに危機感を持つようになりました。競技団体で日本代表チーム強化に関わる仕事は、常に勝敗により評価が左右されるシビアな世界です。当然、契約には期限があり、特にアナリストはチームスタッフの中で必ずしも優先順位の高い存在ではなく、常に不安が付き纏っていました。

(小倉)千葉さんとはマルチサポート事業のスタッフとして普段から交流もあり、そんな危機感を持っていることを聞きました。自分はアナリストではないですけど、これはなんとか力になりたいと思ったんです。それで3人で色々と議論しました。まずは、同じ立場にいるアナリストを集めて勉強会をやろうという結論に至りました。

渡辺、小倉、千葉@14年カンファレンス
JSAA創設のきっかけを作った三人。左から千葉さん、渡辺さん、小倉さん。

(渡辺)そこから、専門職であるトレーナーのようにアナリストも競技を渡り歩ける事例を作れるようスポーツアナリストという新たなマーケットを創出していこうと考えました。勉強会をしていく中でアナリストとしての職域を拡大していこうという議論が進み、辿り着いたのが個人知から集合知を創っていこうと。そしてスポーツアナリストという職業の社会的価値を高めてくためには法人を作ったほうがより影響力も高まるだろう、とそんな気持ちから始まりました。

(小倉)勉強会に参加した時に横のつながりを作る面白さ、そしてデータを活用することでパフォーマンス向上のみではなくて、色んな価値を創出することが出来ると確信しました。法人を立ち上げたことによって、その考えに賛同する人が1人また1人と増えていき、一歩一歩は小さいですが確実に前に進んでいます。

Q4. 競技の枠を飛び越えて、他競技との連携はあるのでしょうか。

(渡辺)JSAA設立以降、色んな競技に関わる人から興味を持ってもらったり、セミナーに来て頂いたりするようになりました。この前もソフトバンク・ホークスのスコアラーのシステムを勉強させてもらいました。共通する部分を整備し、競技を横断出来る仕組みを作っていくこと。我々の育成の指針としては、専門性を高めて繁栄性を広げるという考えを持っています。

最近のワールドカップで3勝をあげたラグビー、そして五輪出場を決めたセブンスでデータアナリストを務めていた中島正太さんとは情報交換をさせて頂くようになりました。ラグビー界では練習にドローンを取り入れたり、コンディショニング用にGPSを取り入れ、動きを分析したり学ぶべき点は多いです。ラグビー日本代表では実際どんな活動をされていたのか、その裏側を中島さんには今週19日開催のスポーツアナリティクスカンファレンス「SAJ2015」で話してもらう予定なので、興味がある方はぜひお越しください!

実はロンドン五輪が終わった後にエディさんと中島さんを含め、ラグビー協会からバレーボール協会に依頼を受けたことがありました。バレーボールのメダル獲得を手助けしたデータや情報分析にエディさんから興味を持ってもらい、ラグビー協会に向けてプレゼンをしたこともありました。

さらには卓球界でもバレーボールが取り入れているデータ分析に興味を持ってもらい、指導者向けに話をしたこともありました。最近では冬の採点競技でも審判のくせ、滑走順の印象などを分析などのご相談もいただくようになり、競技の垣根を越えて活動の幅を広げることが出来ています。

文:新川 諒 構成:SPOZIUM編集部