SPOZIUM(スポジウム)

ACTIVATION

通信・テクノロジーカテゴリのホットボタン(後編)

文:鈴木友也

前回のコラムでは、通信・テクノロジーカテゴリのホットボタンをご紹介しました。今回は、それを踏まえて同カテゴリの代表的なアクティベーション事例をご紹介することにしましょう。

重要なポイントなので繰り返しますが、米国ではここ数年でスポーツビジネスの事業環境が大きく変わり、スポーツビジネスの「売り物」の定義も変化を余儀なくされました。従来までの、「試合観戦の機会を提供すること」が商品であるという認識から、「試合観戦以外の要素も含めた総合的なファン体験」が売り物であるという理解に変化してきています。

この変化により、通信・テクノロジー企業はスポーツビジネスによりフィットした、相性の良いカテゴリだと考えられるようになりました。なぜなら、スポーツビジネスの「売り物」の範囲が拡大したことにより、企業の商品・サービスの応用範囲もグッと広がったためです。

スマート・スタジアムの落とし穴

しかし、ここに落とし穴があります。日本でも、2020年の東京オリンピックを大きな商機と捉えたテクノロジー企業が我先にと公式スポンサーになったり、雑誌やコラムなどで素晴らしい未来像を描いて見せたりしています。

ところが、実際に米国で「スマート・スタジアム」「スマート・べニュー」などと呼ばれている施設に足を運んでみると、確かに素晴らしいサービスを提供している施設は少数ながらある一方で、ローンチしたサービスがほとんど使われていなかったり(ひどいものになると触れ込んでいるサービス自体がまだ始まってなかったりする)、運営側の問題でそのメリットが相殺されてしまっている例が少なからず見受けられます。

例えば、今流行の座席からアプリで飲食をオーダーできるサービスも、待てど暮らせどオーダーした食事が座席まで運ばれて来なかったり、あるいはオーダー後に飲食店にピックアップに行っても、店員がサービス自体を知らず、現場のオペレーションが混乱していることがあります。私も「これなら普通に並んで買った方が良かった」と後悔したことは1度や2度ではありません。

何が言いたいかというと、イノベーションは技術だけでは起こらないということです。新たなテクノロジーの導入はイノベーションの必要条件ですが、それが必要十分になるためには、顧客視点でニーズを把握することと、運営レベルで実行できる組織力が必須なのです。

ペイン・ポイントを把握せよ

最近、米国のスポーツビジネス界で施設の話題になると、「ペイン・ポイント」(Pain Point)という単語がよく使われるようになってきています。これは「顧客が苦痛を感じるポイント」という意味で、顧客ニーズの裏返しの言葉として用いられているようです。

先に述べたように、米国では施設における「ファンの総合的な体験」が売り物であるという認識を前提とするように変化してきていますが、この「ファン体験」(Fan Experience)を高めるためには、顧客のペイン・ポイントを把握し、これを改善していくという発想が極めて重要になってきます。

例えば、競技のインターバル(イニングの間やハーフタイムなど)に買い物やトイレに行って帰ってきたら知らない間に試合が再開し、得点が入っていたり勝負どころを見逃した、というのは代表的なペイン・ポイントです。トイレを我慢してじっと座って観ているわけにもいきませんし、そもそも今の若年層は2時間もじっと同じ席に座っていません。

これを解決するために、米国では施設内に試合中継をオンエアしている無数のモニターを設置しています。コンコース内だけでなく、売店の前やトイレの中にも設置されています。日本の感覚だと、「試合が見える所にまでモニターを置いて何の意味があるんだ?」となりがちですが、これは日本ではまだ試合観戦が唯一の商品だと考えられているためです。

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Levi’s Stadium内の売店前に設置されたモニター(筆者撮影)

モニターを設置する意図は、顧客の不安感を和らげることです。モニターの設置により顧客の施設内の回遊率が高まり、飲食店の売り上げが増大することが分かっています。なぜなら、至る所にモニターがあれば山場を見逃す心配はいりませんから、ファンが座席を離れやすくなるためです。言うまでもなく、トイレにも行きやすくなるでしょう。小さなお子さん連れの家族でも、子供が飽きたら場内を散歩するなりできるわけです。

現在、米国では約4万人収容のMLBのスタジアムで1000前後、約8万人収容のNFLのスタジアムでは2000前後のモニターが場内に設置されています。来場者40名に対して1台のモニターが設置されている計算になります。

技術だけに目を奪われると「あれもできる、これもできる」と総花的になりがちですが、しっかりと顧客のペイン・ポイントを把握し、事業上の優先順位を付けてテクノロジー導入の議論することが肝要です。

好きこそものの上手なれ?!

スポーツに応用できるテクノロジーの代表的なものとして映像ソリューション技術が挙げられると思います。ここは米国でも非常にホットな戦場で、競合がひしめいています。

その中で、映像技術を用いて米国スポーツ界を席巻しているベンチャー企業をご紹介しましょう。そう聞くと、シリコンバレーのベンチャー企業をイメージされるかもしれませんが、ちょっと違います。

YinzCam(ユィンズ・カム)という一風変わった名前の企業がピッツバーグに設立されたのは2008年のことでした。同社は、カーネギー・メロン大学でコンピューター・エンジニアリングを教えていたPriya Narasimhan教授が学内ベンチャーとして設立・スピンオフしたもので、スケーラブル映像技術を用いた動画サービスをモバイルアプリから提供しています。

今や、NFL25球団、NBA23球団を筆頭に、多数の大学スポーツや施設などで試合会場で楽しめる映像サービスを提供しています。私の知る限り、マルチスクリーンでのリアルタイム映像サービスをモバイル端末に本格的に提供した初めての会社です。

この会社が“技術倒れ”に終わらなかったのは、CEOのNarasimhan教授が地元ピッツバーグ・スティーラーズ(NFL)やピッツバーグ・ペンギンズ(NHL)の熱狂的なファンだったためかもしれません。

フットボールの熱狂的なファンなら、ロングゲインやタッチダウンを奪ったプレーを様々なアングルから見直したいものです。ラインのブロックはどうだったのか、ランニングバックやレシーバーはディフェンスをどうかわしたのかなど、確認したいポイントにより見たい映像が異なるからです。

また、アイスホッケーでは、往々にして素早いパックを目で追うことが難しく、決定的なチャンスやそれを生み出した選手の動きを捕捉することは簡単ではありません。こうした部分をリプレー映像でマルチアングルから即座に確認することができれば、観戦の楽しみは大きく増えるでしょう。

このように、イノベーション(効果的なアクティベーション)は往々にしてテクノロジーとペイン・ポイントの出会いにより生まれるのです。

文:鈴木友也