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ボストン・レッドソックス前球団社長ラリー・ルキーノ氏が語る「ボールパーク理論」(後編)

文:新川 諒

メジャーリーグを代表する3つのボールパーク建設・改修に携わってきたラリー・ルキーノ氏。前編では、ルキーノ氏のキャリアやボールパーク像について伺った。後編では、日本でボールパークを建設する上で重要なこと、そして日本のスポーツ界について提言していただいた。

日本のボールパークについての印象は?

日本のボールパークにはいくつか行ったことがあります。1984年には前年優勝したボルティモア・オリオールズとともに日本ツアーで来日して、多くのアイディアを得ることになります。おそらく横浜だったと記憶していますが、球場の外には市の公園(横浜公園)がありましたよね。実はサンディエゴの「パーク・アット・ザ・パーク(公園の中の公園)」のアイディアはそこから得ています。ボールパークと街の公園を合わせることで広大なスペースを作り出し、多くの緑溢れる空間を生み出しました。それは横浜で見た光景からヒントを得ました。確か東京ドームには遊園地が側にあったと思いますが、それも似たような考えかと思います。

日本はドーム型の施設が多いかと思いますが、ドームを面白くするのは非常に難しい。日本で初めて興味をそそる面白いドームを作るのに実現したところは競争に有利となり、持続性のあるアドバンテージを得ることができるでしょう。

良いボールパークを作るには球団だけでなくステークホルダーとなる自治体の存在は重要だと思いますが、どうお考えでしょうか?

ボールパークを作るためには市民の利益をまず考える必要があります。球団としての利益だけでなく、市民にとってプラスにならないといけません。ボルティモアのカムデン・ヤードを建設する時は街の一部の再開発に手助けしました。そしてサンディエゴのペトコ・パークの時は街がダウンダウンを開発していくための巨大な投資として建設されました。

新しいボールパークを建設するときには、球団、ファン、そして街にとってWIN-WIN-WINとなる必要があります。ボールパークは街、そして地域の個性を象徴する施設になるべきだと思います。その街にいることをボールパーク内でも実感できないといけません。ボールパークを体全体で感じ、その地域特有の見た目、匂い、雰囲気を出すことで地域と一体となることが出来なければ、どこのボールパークに行っても一緒に感じてしまいます。

日本は 2020年東京五輪を控えています。話題を少し変えまして、2020年には東京でオリンピックが開催されますが、野球が五輪種目に復活する可能性がありますが、この意味はどうお考えでしょうか?

野球界は日本へ多大なる感謝を述べなくてはいけません。日本が五輪に野球を取り戻すため、努力を続けてくれているのは私も知っています。五輪に野球が復帰することで野球の国際化には大きな影響を及ぼすと思います。

野球はカリブ地方、北アメリカ大陸、そしてアジアのスポーツですが、これから野球が成長していくためには、それらの地域でのさらなる成長が不可欠です。

これから日本で新しいスポーツ施設を建設していく際に何かルキーノさんからアドバイスはありますか?

日本には歴史ある建造物が数多く存在していると思います。私なら伝統ある建築、そして競技者のことも考えたスポーツをするための建築、その二つの要素を織り交ぜます。外観は日本の伝統的な建築でその街の歴史や文化を反映するような雰囲気を作り出します。どこにでもあるような球場を作るのではなく、特色のあるものが良いかと思います。

ボールパーク建設によりスポーツビジネスを大きく繁栄させてきたルキーノさんですが、日本のスポーツ界に向けて何かメッセージをいただけますか。

人が全てです。フロント、スカウトには才能があり、仕事に熱心で積極的に仕事を引き受ける人材が必要です。

さらにはセイバーメトリクス、マーケティング、財務など多岐に渡って優秀な人材を集める必要があります。いろんな部署で人材の層を厚くすることが必要です。グラウンド上でも同じことが言えます。全員が大柄なパワーヒッターでは勝てません。勝つためにはフロントにも多様性があり、優秀な人材が不可欠です。

どんなに小さな企業でも同じかと思いますが、失敗も成功もそこで働く人の質や努力によるものが大きい。それは日本人が誰よりも理解していると思います。

文:新川 諒