SPOZIUM(スポジウム)

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勝ち負けを越えたスポーツの価値を。川崎フロンターレが継続する復興支援活動(後編)

文:畔柳 理恵

東日本大震災から5年以上にわたり岩手県陸前高田市とその市民の関係性を築いてきた川崎フロンターレ。その活動の1つの集大成といえるイベント「高田フロンターレスマイルフェス」の開催を目前に控えた、川崎フロンターレプロモーション部長の天野春果氏に話を聞いた。

一緒に汗をかいて積み上げた経験が糧になる

7月3日に陸前高田市の上長部グラウンドで開催される「高田フロンターレスマイルフェス」では、川崎フロンターレ対ベガルタ仙台の試合、選手や監督によるサッカー教室、陸前高田と川崎、仙台の物産の販売などが予定されている。会場の広さやアクセスの都合で定員は3,000人に絞られ、首都圏からの参加、仙台からの参加、気仙管内からの参加の3コースを設定してツアー形式で参加者の募集を行った。地元の気仙管内からの参加希望者が想定の1.5倍に上り、フロンターレの存在が陸前高田にとって大きくなっていることがうかがわれた。

天野さんはこの活動の意義を「もちろんイベントを開催するためにやっているんだけど、大事なのは積み重ねていく過程。正直、クラブが広告代理店やイベント会社と組めばイベントはできるけれど、それでは全く意味がない。みんなで汗かいて一緒に作り上げることが大事だったから、それができる関係になれたことが大きい」という。

400km離れた町と合同でイベントを開催するというクラブ初の挑戦、そしてJ1リーグ戦のホームゲームイベントやクラブ設立20周年イベントの準備とも重なり、今は天野さんの20年間に及ぶクラブスタッフ人生の中でもピークの忙しさだそうだが「あと1か月で終わっちゃうと思うと寂しいんですよね」と笑う。

実はこのスマイルフェスの企画は、最初はフロンターレ社内でも賛同を得られなかった。熱意を持って話すうちに、だんだんやろうという人が増えて社内がまとまり、その熱がサポーターに伝わっていった。そしてフロンターレのサポーターだけでなくベガルタ仙台のサポーター、そしてクラブにも伝わり、「一緒にやろう」という体制が名実ともに出来上がった。

さらに特殊だったのは、開催地が被災地であるという状況だ。陸前高田の町にとってもそこに住む人にとっても、第一にやるべきことは生活の再建であり、イベントの開催はいわばプラスアルファの労力や費用の負担を強いることになる。それでも一緒にイベントをやろうと持ち掛けるのは、本当にチャレンジングなことだった。だが、今は陸前高田の人たちにとってもスマイルフェスが「自分たちのお祭り」となっていると感じると、天野さんは言う。「苦しいことを一緒に乗り越えた人間関係は後に続くから、今回関わった人との関係は単にフェスをやって終わりにはならない。この絆ができていれば、次にもっとでかいことができる」。

ブース販売
(c)川崎フロンターレ 

スポーツの価値を上げていくために

20年間でいちばんというほど大変な思いをして、元々縁もゆかりもなかった土地の復興に力を注ぐのはなぜなのだろうか。

天野さんは現在の被災地の状況を「単純に陸前高田の町と人が好きだから。震災前の写真や映像を見させてもらって、あの頃のような活気ある町を僕ももう一度見てみたいと思いました。でも活気ある町は活気ある人がいなければつくれません。工事が進んで町の形はできてきているけど、住んでいる人自らが『町を元気にしていくために頑張ろうぜ』ってならないと難しい。川崎でもそうなのですが、一番重要なのは、一緒に汗をかいて一緒に苦労して物事を進めること。今までつながっていなかった人と人がつながり、一体感が生まれ、活力となっていく。スポーツにはそれを創り出せる力があるから、フロンターレが陸前高田の横串になりたいと思ってます」。

そんな状況の中で、フロンターレとの関わりは被災した町や住民に元気や自信を与えている。例えば陸前高田ランドでは、元々「陸前高田には昆布くらいしかない」と言っていた事業者が、川崎に持ってきた商品が飛ぶように売れ、陸前高田の物産品を口にしたサポーターが喜んでいるのを見てやる気を出すようになった。

まさに「相互支援」であり、お互いの存在がお互いを励まして笑顔になれる関係としてのスマイルシップ。「この活動を名前だけじゃなくアクションとして続けていけたら、50年100年後、陸前高田が復興して町として機能するようになっても絶対関係は続いている」と天野さんは信じている。

その根底にあるのは「震災というクライシスに対して、スポーツという力を持っている組織・団体ができることを見せないと、日本の中でスポーツの価値が上がっていかない」という危機感であり、スポーツの力への信念だ。川崎フロンターレには中村憲剛や大久保嘉人といった知名度のある選手がいる。そうした発信力のあるクラブが、Jリーグのホームタウンである日本が震災から立ち上がるためにスポーツが力を発揮することが必要なのだと言い、形で示し、メディアに取り上げてもらうことによって、勝ち負けだけではないスポーツの価値に気づいてほしいのだ、と。

海外のプロスポーツリーグ、例えばNBAやNFLなどは、リーグが発展するためにはCSR的な活動が必要だと考え、選手会とも協力して社会貢献活動を行っている。それに比べると日本はまだまだ発展途上だ。だが、東日本大震災の経験を経て、4月の熊本地震発生後は「スポーツ選手が被災した人の笑顔を作ることに向けようという意識は上がったと思う」と天野さんは感じている。

日本においてスポーツが真に生活に根付き、必要とされるために。川崎フロンターレ発のチャレンジは、少しずつ、しかし確実に広がりつつある。

文:畔柳 理恵