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リオ五輪のアンブッシュ・マーケティング

「アンブッシュ・マーケティング」(Ambush Marketing)とは、ライツホルダーからの許可なく競技やイベントとの関連性を作りだし、あたかも協賛企業のように振る舞ってその評判や名声を流用する試みを指します。アンブッシュ(Ambush)とは、もともと「待ち伏せする、奇襲する」といった意味を持つ単語で、スポーツビジネスシーンにおいてアンブッシュ・マーケティングという単語が用いられるようになったのは、現在のスポンサーシップ制度の基礎が形作られた1980年代に入ってからのことでした。つまり、スポーツ協賛制度が確立された当初から存在していたのです。

「2020東京」は「1984ロス」になれるか?』でも触れましたが、1984年のロサンゼルス・オリンピックにおいて、当時のオリンピック組織委員長=ピーター・ユベロス氏の強力なリーダーシップの下、新たなスポンサーシップ制度(=「The Olympics Program」、通称「TOP」)を導入することで、2億2500万ドルもの空前の黒字を計上したのは広く知られている所です。

ユベロス氏は、それまで慈善活動の域を出なかった民間企業からのスポンサーシップを、「カテゴリ内で1社に独占的にマーケティング権を与える」という現在のスポーツスポンサーシップ制度の基本とも言える形を開発しました。“独占性”の概念からスポンサーメリットの増大させることで1社当たりのスポンサー料を最低400万ドルに設定、全体としてのスポンサー企業数を減らしながら、収益を極大化させることに成功したのです。

アンブッシュ・マーケティングは悪か?

アンブッシュ・マーケティングの背景には、この“独占性”という思想を有したスポンサーシップ制度そのものの特質があると言えます。つまり、自由競争をその根本的ルールとするビジネス界において、“独占性”が実現できるのは、大会主催者や興業を実施するプロスポーツリーグが保持・管理している権利コンテンツ内に限られます。そのため、テクノロジーの進歩や想像性豊かなマーケティング活動の結果、ライツホルダーの管理の及ばない新たなイベントやメディアが開発された場合、その隙間がアンブッシュ活動の温床となるのです。

オフィシャルスポンサーにしてみれば、高額のスポンサー料に見合ったメリットが保障されていることを望むのは当然のことです。一方、アンブッシャーとしても、株主への企業責任上その活動が合法であればビジネスチャンスに対して手をこまねいて傍観している訳にはいかないという論理も成り立ちます。

オフィシャルスポンサーとアンブッシャー双方の意見も共に一理あるように見えます。日進月歩のビジネスシーンにおいて、どこまでのアンブッシュ・マーケティングが倫理的に許されるのか、そのラインを引くことは事実上極めて困難です。

アンブッシャーの常とう手段

スポーツスポンサーシップの歴史は、すなわちアンブッシュ・マーケティングの歴史とも言い換えることができます。有名なマッチアップとしては、コカ・コーラ対ペプシ、アディダス対ナイキ、VISA対American Expressなどが挙げられるでしょう。

特にナイキは“アンブッシュ・マーケティングの達人”として知られており、エンドースメント契約を結んだ個人アスリートを基点に行うマーケティングで協賛企業に恐れられています。このナイキのアンブッシュ戦術が世に広く知れ渡ったのは、1996年のアトランタ五輪の時でした。

ナイキは契約アスリートだった陸上のマイケル・ジョンソンに黄金のスパイクを履かせて話題を席巻しました(同選手は200mと400mで金メダルを獲得)。この金色シューズは大きな話題になり、TIMEの表紙にもなっています。アトランタ五輪ではリーボックが公式スポンサーでしたが、多くの視聴者はナイキがオリンピックに協賛していると誤認しました。

この契約選手を基点としたアンブッシュ活動は今でも有効で、最近ではロンドン五輪でヘッドフォンメーカーのBeatsが展開した様子を覚えている人も多いのではないかと思います。同社は、多くの五輪選手にヘッドフォンを配布し、それを会場で着用するように頼んだのです。レース前にマイケル・フェルプスなどの選手が同社のヘッドフォンを着用していた様子は全世界に放映されました。

選手の声がIOCの規制を動かす

実はリオ五輪開催前に、選手を活用したオリンピックの協賛活動に大きな変化が起こっています。

IOCは従来まで、アンブッシュ活動を防ぐためオリンピックが開催される前後30日間はIOCの公式スポンサーであるTOPパートナー以外の広告活動を禁止していました(オリンピック憲章第40条で規定されていることから、この規制は通称「ルール40」と呼ばれる)。このルール40により、例えばTOPパートナー以外の企業から支援を受けている選手がいても、この期間中は選手がそうした企業のテレビCMに出演したり、その商品を使用した写真やリンクをソーシャルメディアに流すことなどが出来ませんでした。

しかし近年、この規制は選手からの大きな批判に晒され、大規模な抗議活動が展開されるようになります。選手側の言い分は、「日頃から練習環境を支えてくれているのはTOPパートナーではなく支援企業。晴れ舞台でその名前を出せないのは理不尽だ」というものです。特にマイナー競技で活動している選手にとって、五輪での大きな露出は日ごろお世話になっている支援企業に恩返しをするまたとない機会なのです。

こうした選手からの批判を受け、IOCは昨年ルール40を緩和することを決定しました。オリンピックを想起しない形の広告活動に限り、それを認めることにしたのです(実際にこの方針変更を受け入れるかは各国のオリンピック委員会に一任されることになった)。

当然、この規制緩和にはアンブッシュ活動が活発化するリスクも伴います。それもあってか、国により受け入れ状況に違いが生じています。選手による抗議活動の中心だった米国やカナダのオリンピック委員会は早々にこれを受け入れることを表明しました。一方、リオ五輪を開催したブラジル五輪委員会や2020年の自国開催を目前に控えた日本オリンピック委員会は、この規制緩和を見送りました。

リオ五輪でのアンブッシュ活動

さて、リオ五輪でのアンブッシュ活動はどうだったのでしょうか? 前回のコラムでも紹介したGlobal Language Monitor社によるBrand Affinity Indexランキングを以下に再掲してみます(網掛けがTOPパートナー)。

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表を見ても分かるように、TOPパートナーへのアンブッシャーという意味では、ナイキが最も高い評価を得ています。実は、同社もリオ五輪からオリンピックでのマーケティング活動に若干軌道修正を加えています。

前述のように、ナイキは従来まで純粋なアンブッシャーとして協賛企業と対決するポジションを維持し続けていました。例えば、最近ではロンドン五輪で「Find Your Greatness」(自分の偉大さを探せ)キャンペーンを展開して、公式スポンサーだったアディダスを広告効果で圧倒しました。このCMでは、世界中のロンドンと名のつく都市やストリート等の映像を交えながら、巧妙に権利侵害を回避しつつオリンピックを想起させるストーリーが展開されています。

しかし、リオ五輪ではナイキは米国オリンピック委員会の公式スポンサーになりました。これにより、米国内でのオリンピックを活用したマーケティング活動は公式に認められるようになったわけです。しかし、米国を除くグローバルでの協賛活動はTOPパートナーにのみ許可されているため、依然としてアンブッシュとなります。

リオ五輪に際してナイキが展開した「Unlimited」(無限)キャンペーンは、YouTubeの公式アカウントにもアップされ、今や2400万以上のアクセスを集めています。インターネットに国境はありませんから、こうした動画がアンブッシュになるかは微妙です。

この話には続きがあります。リオ五輪にて、ルール40の緩和を最も上手く活用したアンブッシャーの1社は、アンダー・アーマーだったと言われています。ナイキに比べるとBAIスコアは高くありませんが、それでも15位にランクインしています。

同社が展開したのは、「Rule Yourself」(自分を律しろ)キャンペーン。オリンピックを想起させる言葉やロゴは一切出て来ませんが、ルール40緩和により五輪期間中に同社が契約を結ぶマイケル・フェルプス選手が出演するCMをオンエアできるようになりました。最後には「It’s what you do in the dark that puts you in the light」(あなたに光をもたらすのは、暗がりでの努力だ)のタグラインも出てきます。これを見れば、誰でもオリンピックのことを思い浮かべるでしょう。

ナイキのお家芸だったアンブッシュ活動で、ナイキがアンダー・アーマーにお株を奪われたのは、時代の変遷を感じさせます。そして、このダイナミズムこそ、スポーツ協賛制度に進化を強いる本質なのかもしれません。